2007年07月11日

自転車乗りの追想【レース編 2004年@ツール・ド美ヶ原】

2004年6月。
美ヶ原のHCレースに参戦する。
何の予備知識もなく、もちろん"足"もなく、激坂HCレースに出場するのだ。
ポタ専門の自転車乗りが、どうして…。
そりゃもう、好奇心しかない。
走っている最中、僕は何を思うのだろうか?
肉体はどうなるのだろうか?
そして、ゴールの先に何があるのだろうか?

前日、K田に迎えに来てもらって、松本へ。
K田おすすめの蕎麦屋で大大(特盛せいろのこと)を食す。
昨年の乗鞍のときも食べたけど、
これが、またうまい!ホントうまいのだ。
この蕎麦屋は、これから毎年HCレース前には必ず食べることになるのだが、
店主も覚えてくれて、笑顔で迎えてくれるのだ。

スタート近くの温泉宿に到着。
泊り客には、こんなことをいうのは申し訳ないが、腰の曲がったおじいちゃん達がいて、
明日のレースに参戦するようだ。
おいおい、大丈夫か?
でも、あの曲がり具合は、自転車乗りすぎでなったのかもしれない。
侮れないぞ。
早速レースの受付を済ませ、コースを試走する。
スタートして、温泉街を走り、直角に右折してからすぐ登りになる。
それも、ちょっと走るとすぐ激坂だ・・・。
唖然!
こんな坂登れない。
で、すぐUターン。
不安を抱えたまま、レースの朝を迎える。
みんなスタート前のウォーミングアップに余念がない。
こんなに走って(ローラーまわして)大丈夫なの?って心配になるぐらいだ。
僕といえば、もうここまできたら、まな板の鯉だ、どうにでもなれだ!
目標は、時間内に完走。恒例らしい"冷やしトマト"をいただくのだ。

いよいよスタート。
激坂は正真正銘の激坂だった。
一番軽いギアで、アウトセンターアウトのコース取りで、よたよたと登る。
僕みたいな人が沢山いて、走りにくい。
速い連中は、右行きまーす!の大声とともに、あっという間に見えなくなる。
こんな凄い人たちがいるのねって感心してしまうほどだ。
よろよろ、よたよた行くうちに、標高もあがってきた。
眺めのいい場所で、けっこー登ったなーと思ったときに、いきなりの痙攣。
一旦止まって、激痛に顔を歪めながら足を伸ばす。
ちょうどその時、地元TVがインタビューに・・・。
"足攣ったんですか?"
"そうです(見りゃーわかるだろう)"
"どこからですか?"
"埼玉です(おい、ちょっと足伸ばすの手伝え)"
"このコースはどうですか?"
"いやー坂がきついすっねー(きつけりゃいいってもんじゃないだろう)"
"また、参加したいと思いますか?”
"またチャレンジしたいです(ゴールで聞く質問だろ、まだ半分しか走ってないぜ)"
なんて、やり取りを始終ニコヤカに行い、しばらくして再スタート。
後半は、景色もよく、斜度もなだらか。そのうえ下り有。
どうにか、こうにか、ゴールにたどり着いた。
ゴール後よたよたと、奥のほうの地面に座り、一息つく。
そして、トマトをいただく。
めちゃうまい。
トマトを食しているうちにじわじわと達成感が・・・。
そして、もっと走れなかったのか!っていう自問が。

“やったー”と”もっと”。
これがHCレースの醍醐味だろうか。
これを味わいたくて、8月の乗鞍に向けて、猛特訓を決意するのであった。

(続く)
posted by たけきよ at 10:20| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 自転車(追想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月22日

自転車乗りの追想【レース編2003年@みつまたHC】

2003年の乗鞍が中止になり、なんとか今シーズンのレースに出たい
と思って探したのが、“Mt.Naeba みつまたHC″だ。
初開催のレースらしい。
レースは10月5日。
ビギナーズクラスっていうのがあって、K田と二人そこにエントリーする。
距離は16km。斜度は(今振り返ると)定峰クラスか。
乗鞍に比べたら、規模の小さい大会だ。
ということは、足に自信のある選手ばかり集まるのだろうか。

スタートの目の前の宿に前泊する。
しかし、客はK田と私の二人だけ。
でも、秋の中途半端な時期の貴重なお客さんなのだろう。
このHCレースで、新たな集客を考えているのだろう。
対応、食事、ともにかなりよかった(宿の名前は忘れましたが・・・)。
そして、当日。
明け方まで雨だったのだろうか、路面はウェット。
人数が少ないため、出走者のコールがあって恥ずかしいけど、
気分は盛り上がる。K田とゴールでの再会を約束し、握手をかわしてスタートだ。
今思い返すと、不思議なスタートで、2分間間隔で列に並んだ選手ごとに
スタートするのだ。まるでTTだ。
しばらく下って、橋を渡って、少し走ってから登りがはじまる。
この辺りで、K田を抜いてグイグイ登っていく。ただただ足を回す。
それ以降は良く覚えていないのだが、あっという間にゴールにたどりついた。
無我夢中だったのだ。
とにかく、無事完走した。タイムは1時間○○分。
完走目標だったから、タイムは気にしてないが、
あの”村山利夫”氏は37分台だから、だいたいコースの難易度は
おわかりいただけると思う。
僕はものすごく遅かったのだ。
でも、気持ちよかった。充実していた。
そして、もっと速く走りたいと思った。

これが、僕の初レース。
そして、翌年の2004年は、美ヶ原、乗鞍とメジャーなHCレースに参戦するのである。

posted by たけきよ at 18:04| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(2) | 自転車(追想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月21日

自転車乗りの追想【初レース@2003年乗鞍】

2003年5月、初めてのレースに申し込む。
一度レースというものに出てみたいと思っていた。
ただの好奇心だ。
レースってどんな感じなのか。
レース中の自分は、何を考え、どんな行動をとるのだろうか。
ヘロヘロになってゴールした先に、果たして何があるのだろうか。
で、マウンテンサイクリング乗鞍を選んだ。
有名だし、安全だし、初心者でも参加できるし、もちろんゴールの景色がいい。

申し込んではみたものの、ほとんど山を走ったことがない。
もちろん、ツーリング途中で出くわす峠は(出来るだけ迂回しながら)登ったが。
20キロもの連続した登りなど走ったことがない。
果たして完走できるのだろうか。
レースは8月最終週の日曜日、あと3ヶ月ある。
レースの目標は"完走"。
そのために、練習をはじめた。

しかしどこを走ればいいのかわかんない。
地図とWebで調べて、奥武蔵GLとやらにチャレンジする。
鎌北湖から登り、黒山三滝に下り、一周するというコースだ。
鎌北湖にデポし(もちろん自走じゃいけません)、登り始める。
いきなり壁のような登りが・・・。いやーきつかった。
何度止まって休んだかわかりません。
黒山三滝への分岐点まで、今なら30分程度だけど、その時は(たぶん)
1時間以上かかったんじゃないかな。
高低差300m、距離6500m程度の上りをだから、時速6km/h。
でも、一周25キロを走りきると、なんともいえない達成感だった。
それからは、時間があればこの場所に出向き走った。
ノンストップで走れるようになり、
そのうち、黒山への分岐を右折しないで顔振峠まで行けるようになった
関八州の展望台までもいけるようになった。
そして、レース前には(顔振峠、関八州で少し休むけど)刈場坂まで
行けるようになった。
なんとか完走できそうな気がしてきた。

そして、8月最終週。
僕とK田は乗鞍に向かう。
なんとか予約できた温泉宿は、行ってみてビックリ。
スタート地点からかなり下のほうだった。
前日は受付だけど、そこにたどり着くだけでヘロヘロになった。
明日、レース前にこの坂はきびしいぞ!
受付会場にはいかにも速そうなヒルクライマーがうじょうじょいる。
早速受付をすませ、出店を覗く。
明日、ここからスタートするんだな。遥か遠くに、ゴールが望める。
あそこがゴール!あまりにも遠いぞ。
宿に戻り、自転車の最終調整を行う。
夕食を食って、ビールを飲んで、その日はとっとと寝た。

そして、レース当日、起きると雨の音が・・・。
大雨だ。
初レースが雨・・・。
テンションは一気に下がる。
車でスタート地点に行き、小屋で待機する。
この雨の中を走るのか!って憂鬱な気分でいると、
"おー"という歓声ともため息ともとれる声が駐車場から聞こえる。
中止だ。
ゴール地点は雨風が強く危険であるという主催者の判断だ。
半分ホッとした。半分悔しい。

というころで、僕の初レースは中止となった。
帰宅後、急遽今シーズン参加できるHCレースを探し、
みつまたのHCレースに申し込む。
どうしても、走りたかったのだ。

posted by たけきよ at 17:13| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 自転車(追想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月06日

自転車乗りの追想B(1999年5月)

99年5月3日ビアンキのオセロが納車になった。
MTBとはいうものの、アップライトなポディションの街乗り自転車だ。
とはいえ、素直にうれしい。
早速、近くの入間川CRを走る。
あー風が気持ちいい。
けっこースピードも出るぞ。
3×7のギアも快適だ。
とにかく、しっかり自転車に乗るのは17年ぶりなんだ。
楽しくて、うれしくて、連休中はそのへんを走り回った。

身軽だよね自転車って。オフロード車だから大体のとこは走れるしね。
自転車を移動手段として考えたら、もちろん他の手段に軍配が上がるけど、
乗ることが目的化すると、自転車の素晴らしさが際立つのだ。
近場の裏道をなんとなく走っていると、美味しそうな食い物屋や、寂れたお寺や、
何が書いてあるか良くわかんない道標なんかが目に付く。
いちいち停まって(いや停まるのも楽しいんだよね)、立ち食いしたり、
メモしたり写真取ったりして、家に帰ってwebなんかで調べたりする。
オヤジくさいのだけど、あー遥か昔、鎌倉時代にここでこんなことがあったんだなー
って思うだけで、その行為自体が奥深く、楽しく、神妙な気持ちになるのだ。
ちなみに、自宅前の道も鎌倉街道と言われているそうだ。
まー鎌倉街道は至るところにあるけどね。

そんなこんなで、自転車に目覚めた僕は、自転車散歩だけでは飽き足らず、
自転車そのものにも興味を持ち出すのだ(まっ当たり前か)。
で、早速よくわかんない用語が並んでいる自転車雑誌三誌を買い漁るのだった。

(続く)
posted by たけきよ at 17:51| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 自転車(追想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月25日

自転車乗りの追想A(1999年4月)

そして、99年のゴールデンウィーク。
僕は突然、あまりにも唐突に、MTBを買う。

連れと二人で(たぶん)K田の家に行った時のことだ。
GWってことで、府中街道は大渋滞。やれやれって思っていたところへ、
左を自転車が颯爽と走っていったんだ。
よくある出来事なのに、インスパイアされた。
突然連れに"自転車買うよ"って宣言した。
僕はすぐ行動した、自転車ビギナー向けのムック本を購入し、
最低限の知識を仕入れ、webで近所の自転車屋を検索、
翌日、早速出かけて"相談にのって欲しいんだけど"って声をかけた。

行ったお店は入間市のマスコ。
僕は単純に、陳列してあるもので、よさそー(値段とデザイン)なのを物色した。
というのは、そのまま乗って帰るつもりだったのだ。
でも、話を聞いてるうちに、もちろん展示車もOKだけど、注文して組み立てて納車するっていうことを知る。でもねー、すぐ乗りたいのよ僕は。
そこで僕は、価格は5万円くらい、街乗り(散歩程度)専門っていう条件で、ここにある自転車から候補を選んでもらった。
(1)スペシャの赤いやつ
(2)ビアンキのチェレステなやつ
(3)マングースのシルバーなやつ
今思えば、すべてMTBだ。ROADって選択肢はなかった。
そうまったく。
そんな中で知ってるメーカーはビアンキだけ。
これちょうだいって言いたかったけど、現金の用意もないから、
明日再訪することにして、引き上げる。
家に帰って、候補の3社のことを調べる。
ブランドとしては、ビアンキだけど。スペシャもかっこよかった。
ただ、この時は自転車を所有することよりも、走ることが目的だったから、
どっちでもよかった。どっちも気に入っていたのだ。
最後の最後は、イタ車ってことで、ビアンキを買うことに決める。

翌日、マスコを再訪し、ビアンキを購入する。
納車は5月3日。明後日だ。
posted by たけきよ at 13:58| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(2) | 自転車(追想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月24日

自転車乗りの追想@(小学生〜1999年4月)

小学生になった息子は、一旦帰宅してから学校に遊びに行く。
一度下校するのがルールだそうだ。
僕の時代はそんなことなかったけど、学校の責任回避なのかなー。
とにかく、下校してから再度学校に行くのだ。
学校に行く手段は自転車。近所に住まう友達と一緒に行くんだ。
車に注意して、どんどん自転車に乗って欲しいな。

僕も子供の頃、遊びに行く手段は、専ら自転車だった。
ただ、僕が育った場所は、地方都市の住宅地だったから、
ほとんどが整地されたところを走っていた。
今MTBで走るような里山なんて近くになかった。
あるとすれば、宅地造成地。
盛土した場所で(ちょっとだけ)トライアルみたいなことはやったけど、
ほとんど(舗装されてないとこもあったけど)道路を走った。
でも、自転車がなければ始まらないほど生活の一部だった。

小学生の高学年の頃、新しい自転車を買ってもらった。
ブリジストンの26インチ。あの当時はやったフラッシャーライト付きのやつだ。フォードムスタングの流れるような点滅ウィーンカーを模倣した、コテコテの自転車だ。変速機は車のオートマのような形状で、トップチューブにデカデカと君臨していた。チェーンリングは楕円形(オーバルタイプ)で、フロント1枚、リアスプロケは5枚だ。ハンドルはセミドロップタイプ(あれはなんだったんだろー)で、前後ディスクブレーキ(もちろんメカニカル)だ。
この自転車が来たときはうれしかったな。
かっこよかったもんなー。
どこまでも行ける気がしたもんなー。
そういえば、携帯ポンプも付属してたし、
後付で、スピードメーターも取り付けたんだ。

中学生になると、あのコテコテが無性にかっこ悪くなって、
不要なヤツは全部外してしまった。
スタンドも外して、ハンドルもセミドロップから棒ハンドル(つまりハンドルバーのこと)に変更した。パッと見は、リジッドのクロスバイクだ。

高校生になって、一気に行動範囲が広がった。
中学までは、学区の問題もあるから友達は近所に限られていたんだけど、
高校生になると友達が隣の市に住んでたりするからだ。
このあたりの高校生はバイクの免許が禁止だから、みんな健全に自転車なんだ。
だから自転車フル活用。
海に行ったり、山に行ったり、湖に行ったりもした。
果たして、あの時、どのくらいの距離を走っていたんだろうね。
何十キロも走っていたのだろうか。
気になったので、地図で確認してみたら、直線距離で(片道)15〜20キロ程度。
あっそんなもんなのね。もっと遠かった気がしたんだけれど・・・。
この頃は、自転車ボロボロだったんだけど、自分なりにメンテしてたら、
よく走ってくれた。
結局、小学生のときに買ったあの自転車に高校卒業まで乗っていたんだ。

大学生になり、東京に出てしまうと、自転車は完全に忘れ去られてしまう。
80年代前半、汗して移動する自転車なんか、(誰も)眼中になかった。

それからしばらくして、今の連れと付き合うようになって(もう十数年も前のことだけど)、久しぶりに自転車に乗る。連れの愛車(当時はやりのMTB)ジャイアントのバイクだ。
今でもよく覚えているけど、こんなヘンテコなポディションで乗るなんて・・・って思ったもんだ。

このジャイアントは結婚した後も、家にあったのだけど、僕は全く乗らなかった。

そして、99年のゴールデンウィーク。
僕は突然、あまりにも唐突に、MTBを買う。

(続く)
posted by たけきよ at 22:24| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 自転車(追想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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